行かない
って言うのはわかってるのに、なんで?と怒りの感情がわく
朝から自分の思い通りに動いてくれない旦那にイライラしてしまう
朝の大嫌いな時間
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『怒り』という行為は捏造であるとアドラーはといている。
『目的』を叶えるために怒りの感情を作り上げた。
言葉で説明する手順を面倒に感じ、
より安直な手段で、無抵抗の相手を屈服させる手段として
『怒り』の感情を捏造した。
『怒り』とは出し入れ可能な道具なのだと。
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わたしが他のやり方を考えるのが面倒だから
イライラや怒りの感情を捏造しているんだって
わかる。。。。。
本当に頭を使わない生き方をしているなって。
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じゃあどうしたらいいの?ってことなんだけど
狂気とは即ち、同じことを繰り返し行い、違う結果を期待すること
という名言がありますが、まさに『狂気』なんだ。。。。
狂うくらい苦しいもん笑
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そこで、『これも修行なのだ』というブッダの発想がしっくりくる。
修行というだけあって簡単にできる法則とかではないってこと。
草薙龍瞬さんの本より
⇩
①今、向き合っている場合
まず『自分の怒りの反応に気づく』ことに全力を尽くす
※ここが修行の正念場
ポイントは“どこか傍観者が眺めるように”客観的に「怒りの反応が出ている」と意識すること。
『と言葉』を活用すると良い
「ムカッ・・・・・とわたしは反応している」「あの人●●だ・・・・・とわたしは考えている」
この時、自分に向けて「怒っちゃダメ」と『判断』したり
「ムカつくけどガマン」と『怒りから逃避』しようとしない。
自分の心を注意深く観察するつもりで、内側に意識(気づき)を向け続ける。
『感覚の修行』を積む。
②過去の記憶にムカついている場合
『記憶』と『今の反応』に分ける
『記憶は妄想に過ぎない』と意識する
『記憶(妄想)には反応しない』と強く心がける
肝心なのは、怒りの感情が生まれる瞬間を「観察する」こと
「あ、怒りが生まれた」と自覚できれば、相当抑えることができる
この練習を積む!!!
心の前半分は現実を理解、後ろ半分は自分の反応を見て、反応を止めることに使う。
実践が難しいのは当たり前、正面から反応することしか知らなかったから。
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人間関係や育児やその他の悩み、3つのコツとかそんな小手先じゃないよなって、わたしには当てはまらないなって、なんか腑に落ちない時は、
頭を使って考えたくないから公式が欲しくて、型に当てはめて安心したくて
避けられない修行を避けようとしている時なんだと思う。
行動して失敗して、やり方変えて行動して、の繰り返し。
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具体的にはわたしは旦那へ伝えました。
朝の時間がストレスだし憂鬱
1人で全員に向き合わなきゃいけなくて
サポートがない、孤独だと感じると。
総合的にみて何が1番いい道なのか
わたしは伝えること、行動を変えることを選ぶ。
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同じことをして違う結果を求めず
失敗したら勉強して学んで行動かえて
修行は続く。